こんにちは、渡辺まみです。
私は慶應大学の経済学部を卒業し、今は自分で事業をしています。

私自身は就職はせず起業したため、あえて大学に行く意味はなかったな。と感じています。とはいえ、多くの人が大学なんて意味ないよ。などと書いているのを見て、それも違うんだよなぁというのが私の体感です。

大学に行く意味がある人、意味がない人の違いを今日は書いていきます。

大学に行く意味1位:就職活動に役立つから


私が慶應に行って分かったことは、新卒一括採用で就職活動をする人にとっては、知名度の高い大学の場合は行く意味が確実にある。ということでした。
もちろん体裁としては、企業も学歴差別はしない。ということにはなっています。けれど、暗黙の了解として、学歴は就活に影響しているなぁという実態を私は慶應の友人たちを見ていて感じました。

例えば。
これは友達の話ですが、インターンに応募してもあらかじめ大学別に席数が決まっていて、あぶれてしまったそうなのです。

イメージとしては、
東大生の席 100
慶應生の席 50

こんな感じです。
もちろんすべてのインターンやES,面接がそうとは限らないですが、一部の企業では学歴による差はやはり存在しているように思います。

特に、
東大、京大、一橋、東工大、慶應、早稲田、MARCH、関関同立
といった知名度の高い大学の場合は、有名企業就職へのきっぷとしての意味はあるんじゃないかと個人的には思います。

ただ、私はそのきっぷを捨てて起業しました。
私のように就活をしない人には大学の肩書きはほとんど役にはたたないので、大学に行く意味はないように思います。

私の場合は、起業したのが大学3年の終わりごろだったので、ほぼ単位をとっていたことからどうせなら卒業するか。というノリで大学を辞めることはありませんでした。

とはいえ、もしも高校3年生に戻ったら、大学を受験せずに絶対に高卒で起業しますね。大学に大手就職へのきっぷ以外の魅力を感じないからです。

巷では大学に行くと
・友達が得られる
・4年という時間で色々な経験ができる
・大学にしかできない勉強がある、専門知識が身につく
・やりたいことが見つけられる(アイデンティティの確立)


などといわれていますが、、、こんなものは大学以外でも得られます。絶対に大学じゃないといけない!というわけでもないのです。

友達ができるから大学に行く意味がある?


大学以外でも友達はいくらでもできます。

「大学での友達はいいよ!しがらみもないし!」という人は、よっぽど今のコミュニティがしがらみだらけなんだろうなと察します。

確かに、日本の職場で友達を作るって難しいですよね。
同期は出世争いの敵になりますし。

ただ、大学に入ったからといって友達ができるか?というと実はそうでもなくて、出会いのきっかけは大学の”サークル”だったり、大学時代の”バイト先”の友達だったりします。

だったら大学じゃなくてもよくない?と思うのです。

社会人サークルや趣味のコミュニティなんていくらでもありますし、バイト先でだって友達は見つけることはできます。大学の友達だから良くて、バイト先の友達だからダメ。なんて差はもちろんありません。

友達作りって、大学でしかできないことじゃあないはずです。

4年という時間で色々な経験ができる?


これは真っ赤な嘘です。
大学生にしかできない経験などこの世にはない。といっても過言ではありません。

キャンパス内でキャッキャデートしたり、
友達の家で夜通し飲んたり…
というのは、確かに大学生らしいっちゃらしいですよね。

いわゆるキャンパスライフな生活は、確かに楽しい時間ではありました。
ただ、そのためだけに大学に行く価値があるか?と言われれば、正直微妙です。

楽しい思い出と引き換えに、頭パッパラパーになるという恐ろしいリスクもあります。
少なくとも、私はなりました。

パッパラパーは楽しいけど、1年くらいでいいかなぁ。

それに大学生ってお金がない。
お金がないと、遊びも派手なことできないですしね。自分でビジネス始めるようになってからの方が、自由度の高い遊びもできるしなぁと思います。

やっぱりこの点でも、私はタイムスリップしても大学には行かないなぁ。

やりたいことが見つけられる(アイデンティティの確立)?


モラトリアムといわれる時間を過ごして、自分の将来や自分の生きる意味についてじっくり考える。そんな時代は大学生にしかできないよ。なんて良く言われますが、、、

これも大嘘です。

時間は確かに腐るほどありますよ。
けど、時間があるからといってアイデンティティは見つかるか?といえば…むしろ自分がわからなくなります。

私はヒマを持て余した結果、
「私ってどんな人生を歩みたいんだろう」
という壮大なテーマで脳内会議を繰り広げることになりました。

当時買った書籍を見ると、大学時代の脳みその中がよくわかります。

・社会を変えるには


・イノベーションの起こし方


どうやら私はイノベーティブなアイデアで世界を驚かせたかったようです。まるでなんちゃらジョブズですね。

・発想ノート


そしてなんちゃらジョブズのような発想を得るため、私はノートを作り、斬新なアイデアを考え始めます。
その結果…

・アイデアは考えるな


アイデアを考えるのをやめたようです。笑

当時の書籍たち↓
fullsizerender

いやー、私ピュアだったんだなぁ。
ピュアっていうか、パッパラパーっていうか、、、、
話を戻すと、こういうのがいわゆる”大学生にしかできないアイデンティティを探す旅”なんでしょうね。

しゃらくせぇー。
少なくとも私は何のアイデンティティも見つけられませんでした。

世界を変えたくて、でも何の力もないちっぽけな自分に気づいた私は個性を捨て、黒い髪にリクルートスーツという量産型就活生になりましたとさ。


…と、就活をしかけたんですが、
就活に向けて準備しかけた頃、あるきっかげがあり起業の世界に飛び込むことになりました。

そして目まぐるしく動くビジネスの現場で、自分の無力さと向き合ってはじめて、アイデンティティのかけらのようなものを掴み始めたような今現在です。


振り返って思うのは、大学生という身分がアイデンティティを生むことはありません。
むしろ、没個性化のための就活予備校といっても良い。

何も大学を否定しているわけではなく、就活をゴールとする人にとっては、没個性のトレーニングを積める素晴らしい場所だと思います。個性はなるべくない方が就活では何かと便利ですしね。


ですが、私のように起業という少数派の道に進みたい人にとっては、大学で没個性化なんてしてるヒマはありません。

自分とは?なんて考えている時間があったら、1秒でも早くビジネスを初めれば良かったなぁと思います。

私の場合は、自分とは何か?を教えてくれたのは大学ではなく、お客さんでした。お客さんに価値を与え、「ありがとう」と感謝の言葉をもらえてはじめて、自分の生きる意味を少しばかり見つけられたのです。


大学にしかできない勉強がある?専門知識が身につく?


最後に補足しておくと、この人に絶対に師事したい!というような教授がいる場合には、大学に行く意味はあるでしょう。

私の場合はそれもなかったので、大学にいく意味は本当に限りなくゼロだったなと思います。

もちろん大学へ言ったことで得た友人や出会いはありましたが、それは結果論であり、過去に戻ったらやはり起業の道を選ぶな。というのが結論です。


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