書評 『大泉エッセイ 僕が綴った16年』感想。大泉洋のファンになりそう

『大泉エッセイ 僕が綴った16年』を読みました。
大泉洋さんのエッセイ集です。
じんわりほっこりくる面白さでした。
やばい、これは、ファンになりそうだなぁ。

これまでは別に特別、
大泉洋ファンってわけではなかったんです。

たまたま、この大泉洋エッセイが
Amazonでレビューが良かったので買ってみたら、面白くて、
今ものすごく、水曜どうでしょうが見たくなってます。笑

一番良いなと思ったのは
家族とのエピソードです。

特に、大好きなおじいちゃんが亡くなった前後の、なんとも哀しさの溢れる文章が、
胸にくるものがありました。

大泉洋さんはきっと
家族にたっぷり愛情を注がれてきたんじゃないかなと感じさせる話が多く、
またそんな家族に対して大泉洋さんが心から感謝をしている様子が伝わってきて、
ものすごく共感をしました。

この部分です。

親が子供を育てるのは当たり前かもしれない。少なくとも私は当たり前だと思っている。

それは私の両親が全てを犠牲にして私を育ててくれたからだろう。
子供を育てるのは当たり前でも、どれだけ子供のために自分を犠牲にして育てるかは違うと思う。

私が自分の娘に自分の全てをかけて育てようと思えるのは、私の両親がまさにそうしてくれたからだ。その連鎖が切れた時、悲しい出来事が起きるのだろう。

思い返せば、私の両親は私の未熟な選択を常に否定しなかった。常に応援してくれた。

私の母も、こんなふうに私を育ててくれてたなぁと思い出しました。

母は、私が何を決めたときも、
決して否定をすることなく応援してくれました。

東京の大学を目指すと決めたときも、
起業すると伝えたときも。


そのおかげで今の私があると思っており、
大泉洋さんの文章にものすごく共感しました。

私は子育てをしたことがないので
まだ分からないのですが、
きっと子供の自主性を重んじて育てるって
ものすごく大変なことなんだろうなと思います。


子供でなくても人を信頼して任せるって
とても難しいことだなと、経営をする中で感じるのですが、
それが自分の子供だったらなおさら、
心配で心配でつい口を出したくなりそうです。

でも私の母は決して
あれしなさい、これしなさいとは言いませんでした。
特に進路に関してはいっぱい口出ししませんでした。

私のことを信じてくれていたのでしょう。
今思えば、ありがたかったことでした。

しかも私は子供の頃は、
自分で言うのもなんですが、
めちゃくちゃ育てにくい子供でした。

普通の子は5歳頃で終わる反抗期が
小、中、高校生までずっと続き、
すぐ泣いて怒り出してました。

母とよく口喧嘩もしてました。
と言うか私がきっとめちゃくちゃなことを言ってたんだと思います。

それでも母は一貫して私を信じ、
他を犠牲にして愛情を注いでくれました。

そのことを大泉洋さんのエッセイを読んで思い起こしまして、
全然ありがとうの1つも言えてないなぁと
反省した次第です。

それから親孝行に関してこんなフレーズがあり
これもとても良いなと思ったので抜粋します。

でも 、私はある時から家を出たいとは思わなくなった。
『水曜どうでしょう 』のロケで、私がいなかった間に、じいさんを亡くした、その時から。

私はその時ひどく後悔したのだ。もっと一緒にいてやりたかった。もっと一緒にいたかった。子供の頃からずっと一緒だった大好きなじいさんだったから。

親孝行は親のためにするんじゃない、とその時思った。こりゃ自分のためにするものだ、と。初めてじいさんという肉親を失って、そう思ったのだ。

喧嘩しようが、鬱陶しかろうが、いられる間は彼らとなるべく一緒にいようと思ったのだ。


大泉洋さんがおじいさんを亡くして、
もっと家族に恩返しをしたいと反省したと言う言葉です。

そしてそれは家族のためではなく、
自分自身のために、とも。

そうかぁ、
親孝行って自分のためにして良いのか、
って、ちょっと救われた気持ちになりました。

というのも、恥ずかしながら今だに私は、
親孝行、じじはば孝行らしいことするときに、なんとなく気恥ずかしさがありました。

でも、
自分のためって思えば恥ずかしさも無くなるし、堂々と親孝行できます。

これは親に対してに限ったことではなく友達や仕事関係の方に対しても、そうですね。

自分のためにこそ、感謝を伝えるべきなのでしょう。

感謝、伝えてないなぁ。
形にできてないなぁ。
また反省。

さて、ここまで書いてみると、
なんだか重い話が多いエッセイみたいですが、
そういうわけではありません。

むしろこの大泉洋エッセイは、笑える馬鹿話的なものも多いです。

杉良太郎座長公演の、
おじーちゃんおばーちゃんたちの観劇の話は、
笑ったなぁ。

気軽に読めるし、
特別、大泉洋ファンではないって人にもおすすめのエッセイです。

最後にもう1つ、
良いなと思った部分を引用して終わります。

しかし 〝私という奴 〟は 、世の中 「良いこと 」と 「悪いこと 」は同じだけあると思っている。
だから天気くらいは悪くてもいいと思っている。

ついてないことがあると、どこかで不幸貯金をしたと思い、にやりとしてしまう 。

行きたいお店がやってなかったりすることも未だに異常に多いが、そんなことがあると 「またなんか良い仕事来るぞ ~ 」とワクワクしてしまう。

不幸貯金というワードがいいなぁと思いました。

これはつまり、

ネガティヴ→ポジティブの変換をしているということですね。

大泉洋さんは根がネガティヴだからこそ、
意識的にこう変換するようにみたいです。

基本、ゆるいエッセイのようでいて、
こういう流儀のようなものが、
チラッと見えるところが面白かったです。

おすすめです。

大泉洋あんま知らないって方は、
ぜひ一緒に大泉洋ファンになりましょう。

では。


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