こんにちは、渡辺まみです。
昨日、ダブルフェイスというドラマを見ました。

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最近は家にこもって映画やドラマを片っ端から見まくる生活をしてます。

ビジネスを始めるまでは、ほとんどそういった類のものには触れてこなかったのですが、、、
なんでもっと早く見なかったんだろう!と、下手したら一生見なかったかもしれないと思うとゾッとします。

ダブルフェイスも初めて見ました。
「ヤクザの幹部、実は潜入捜査官。」「エリート警察官、実はヤクザの潜入員。」というキャッチコピーは聞いたことある!という人も多いかもしれません。

潜入、つまりスパイの物語です。

西島秀俊がヤクザになりきって潜入捜査する刑事。
香川照之が警察をスパイするヤクザ。

警察VSヤクザの戦いの中で、
2人のスパイが情報線を繰り広げます。

お互い、組織の中にスパイが潜り込んでることは知りつつも、誰がスパイかはわからない。
バレたら当然、死or逮捕。

という内容です。
超面白かったです。

がっつりネタバレするので、
嫌な方は先にドラマを見てください。






俺は誰なんだ?ヤクザなのか、警察なのか

印象的だったのは、
やはり
小野寺警視正(角野卓造)が上からドスンと振ってくるとこです。

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森屋を逃して、一人エレベーターでビルを降りようとしたとき織田組に見つかり、ビルから落とされ、森屋の乗ったタクシーに振ってきたシーン。

あの時の、森屋純(西島秀俊)の顔!!!
忘れられないです。

森屋はヤクザになりきっているけれど、本当は警察。
でもそのヒミツを知っているのは、警察の中でも小野寺警視正だけ。

なので、小野寺が死んでしまったら
森屋が実は警察だと証明する人がいなくなってしまう。

警視正の死=森屋は本物のヤクザになってしまうわけです。

警視正が亡くなって悲しい。という気持ちももちろんあるとは思いますが、
あのときの森屋の顔は

「あ、俺の人生終わった…」

っていうショックのが大きいんじゃないかなと、
私が森屋だったらまずそのことが気になるよなと思いましたね。

だって、警察で、正義のためになくなくヤクザの組織に入ってるんですよ。
6年間も。

当然、人を殴るときもある。クスリもやる。
生活はヤクザそのものです。

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そのうちどっちが本当の自分なのか、
俺は警察なのか?ヤクザなのか?
悩み、
苦しみ、
葛藤して、
夜も眠れず、
精神科に通う。

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という、自己の内部での葛藤もありますし、
その上に、常に命の危機と隣合わせです。

ヤクザの幹部にまでなって、
自分が実は警察でした。なんてバレたら即死です。

実際、別の潜入捜査官がバレて海に捨てられたニュースも流れてきて、
明日は俺かもしれない。ていう生活を6年です。

そりゃ気も狂います。

今すぐにでも潜入捜査なんてやめて、
普通の警察官に戻りたい。

それでも、
ようやっと組織を壊滅に追い込めそうで、
スパイの任を解かれそうだ!あと一歩で俺の自由は戻るんだー!

ってときに、
警視正の死体が落ちてきて、
希望の光が絶たれるんですよね。

俺は、一生ヤクザだ。って絶望した顔するシーンが、
私はやっぱり強く残ってます。

「自分は何者なのか?」
ヤクザを演じているうちに分からなくなってくる感覚。

スタンフォード監獄実験を思い出しました。

学生を囚人役と看守役に分けて、
その役割を演じさせたら、
看守役は囚人役に自主的に罰を与え、暴力を振るうようになったという話です。

人は「役割」を与えられると、
性格も行動も役割どおりに変わってしまう。

役割がセルフイメージを規定するということですよね。

私もビジネスで人を外注というかたちで雇うようになってからは、
アルバイトをしていたころ(雇われていた頃)とは全く違ったセルフイメージに変わりましたもんね。

雇われていた頃は、指示が振ってくるのを待っているだけでしたが、
逆に雇うようになってからは、指示をいかに出すか?を考えるようになった。

雇用する側という役割を得て、
行動もそれらしく変わっていきました。

雇うなら雇うなりに勉強しなきゃと、
サイト作りの設計から、外注さんのモチベーションを上げる方法まで、
学びまくりましたしね。

私の場合は、役割を獲得して、
人生が良い方向へと変わっていきました。

だからこそ、役割を決める。ということが、
人生を変えうる力があると私はリアリティを感じました。

森屋はヤクザという役割を得て、
人生が間違いなく悪い方に変わっています。

けどそれは正義感から選んだ役割だとしたら、皮肉な結果だなぁと。
救いがなく、残酷だなぁと感じました。

俺、本当にこいつについていって大丈夫なのか?

ヤクザに潜入する森屋(西島秀俊)だけじゃなく、
警察に潜入する高山(香川照之)もまた、葛藤しています。

自分はヤクザだが潜入し続けるうちに、
ヤクザの世界に戻るより、刑事の生活を続けたくなってくる。

決定的だったのは、
ボスに”薬漬け”命令を食らった時でしょうね。

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「犬は一生犬なんだってことを、分からせてやるんだよ」
「女を薬漬けにしろ」

犬ってのはスパイの比喩です。

お前は一生俺の犬なんだから、命令を聞けよ。
女をクスリ漬けにしろ。

という意味ですよね。
このボスの非情な指示が、高山の心を揺さぶります。

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自分をかわいがってくれてる。と思っていたボス(組長)が、
実は自分をいいように使ってるだけなんじゃないか?という、矛盾に気づいてしまう。

もっといえば、
ボスは「Familyを守る」崇高な理念のもと動いていると思っていたが、
Familyであるはずの俺のことなんて考えてくれてないんじゃないのか?と、

今まで信じてきたものに疑念が生じた瞬間です。

「俺、ほんとにこいつについていっていいのか?」
という疑問が生じる。

そして最後は自らボスを殺してしまう。

すごいなぁ。
この流れ。

遠い世界の話のようで、
全然遠くないですよね。
よくある話ですよね。

良い上司だと思っていた人が、実は自分をいいように使っていただけなんじゃないか?と思うこと。

会社とか。組織に属してたら、
特に一生懸命働いている人ほど感じる瞬間ってあると思います。

口先では「お前のために言ってるんだ!」と言ってるけど、
実は私のためじゃなくて自分のためにいってるんだったという。

うちの両親はそういうこと言わない人でしたが、
幸い。

学校の先生にはそういう人いましたね。。

信じていたものが揺らぐ瞬間って、
抽象度を上げれば、
好きだと思っていた人が本当に好きかわからなくなる瞬間

とも言えると思うんですね。

友人、恋人、先生、親、相手は違うにせよ、
誰の人生にもある瞬間だと思います。

それまで大きな存在だった人の矛盾に気づき、
倒し、
次のステージへ行く。

親殺しというくくりで語ることもできますね。
そういったテーマの作品を、
色々見ていっても面白いだろうなと思いました。

ラストシーン

最後は、高山が森屋を警察に戻して、
高山は警察のまま生き、
ハッピーエンド。

かと思ったんですけどね…、

森屋を警察に戻したら、
自分も森屋に正体をヤクザだって暴かれてしまう。
から、情けをかけられなくなる。

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↑鳥肌たった。

そしてバッドエンド。

森屋は死に、
高山もヤクザの犬のまま生き続ける…

なんてリアルな終わり方なんだと思いましたが、
確かに無理やりハッピーエンドにしていても違和感が残ったと思います。

重いけど、
見ておいてよかったな。と思える作品でした。

ダブルフェイスを見て、
自分の人生を省みた人は多かっただろうなと思います。


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